俊雅が示した、そのときの少し前に戻ろう。
「あの。彰さん。僕たちはいいんですか?いかなくて。」
二人が出ていってしばらく。翔太郎が遠慮がちに申し出た。彰は二人の口を塞いだ左手を適当な布、因みに翔太郎のだった、で拭うと、再び寝ころがった。
「ああ?戦り合いたいなら行ってきてもいいぞ。邪魔にならないんならな。」
彰は寝ころがったまま、視線をやる。
落ち込んで傍に置いておいた剣を抱くように握り締めていた。残りを見ると同じ理由からか、沈痛程酷くないものの、やはり落ち込んだ表情をしていた。
彰は立ち上がり、ぱすと翔太郎の頭を叩いた。
「てめぇでできることをやりゃいいんだよ。」
彰は弓と布を腕に引っかけると三人を急かした。
「おら。中入るぞ。」
「いいんですか。」
半強制自主退室した健太が不安げに見た。
「どうせ四人出てんだろ。それに、こんな状況で入るな、なんて言わねぇだろ。」
さっさと立たせると表に出る。展開されるのを横目で見て鼻を鳴らした。
「おい。入るぞ。」
戸の側にいた浩多に彰は声をかける。
「ちょうど良かった。誰かに呼んできてもらおうかと思ってたんです。」
様子を見ていた目を彰に会わせたが、彰は、
「見てろ、見てろ。知っとくのがお前の仕事だろ。」
すたすた中に入る。後ろを翔太郎、結太、健太が続いた。浩多は変わらず戸口で外の様子を注視する。その場で作られたタッグにしては上々だろう。
(それにしても、彼は邪魔だよね。)
誰に言うでもなく呟き、浩多は戦況を見ていた。
落ち着いてと真美子をなだめていた克己に影が覆う。
「克己。あいつらの話に後で聞いてやれよ。なんかぐじぐじ悩んでやがるから。」
「いつも思うのだが、彰。気付いたのならお前が聞いてやれば良いじゃないか。」
「ばぁか。そういうのはお前みてぇな一見優しい奴のがいいんだよ。話しやすいだろうが、そのほうが。大体俺はじっと黙って待つなんてガラじゃねぇんだよ。」
ちゃんとやっとけよ、と残すと板の間に寝そべった。目を閉じて寝の体勢になってしまった。部屋に残っていた彼らは一応何かあったときの為に身を起こしているというのに。
克己は仕方がないように肩をすくめたが何も言わなかった。
本当に眠るような奴ではないとよく知っているのだ。
「か、克己にぃっ」
ひきつった悲鳴のような真美子の声に克己が真美子を見ると、彼女は壁を見て固まっていた。雪乃は真美子をかばうように抱いてはいたが、恐怖に押されていた。掠れ声で呟く。
「怨…鬼」
ひからびた人の手が壁から現れる。
思い思いに、バラバラの方を向いていた者たちが今は壁を唖然として見た。
頭から首。首から胴。膝頭。足の指まで生えてくる。
真美子を見た怨鬼の顔は、頬はそげおちているというのに、目はいっぱいに開かれてい、だらしなく開いた口からはやけに赤くぬらりとした長い舌が垂れ下がっていた。
「克己さん!切って。」
浩多の声と同時だろう。正座から片膝を立て、克己は居合い抜きに抜き払った。
右の肘、首、左の指先数個が落ちていった。
落ちたのも残ったのも、奇妙な音をたてて消えた。ほっとしたように息を吐く音がさして広くない中に響き渡った。
「気を抜くな。あれだけとは限らないぞ。」
「あんた巫女さんやろ。結界とかここにできへんのか。」
克己のたしなめに京介の声が続く。
「この社が既に結界の役を果たしているはずなのです!破られた結界とて強めてはおりますが、怨鬼如きが入れるなぞ…」
「うわぁっ」
あるはずがないという言葉は、新たな声に消された。床下から新たな一匹が生まれてくる。あとはもう、次々と次々と、床や壁から出てきた。
「さっきのは斥候か」
刃を抜き去ったままの克己が呟き、表情を強張らせたままの雪乃へ言葉をかけた。
「真美子ちゃんをお願いします。」
雪乃ははっとしたように克己を見上げ、己の衣を掴む震えた手を握り返した。
「心得ました。」
力強く頷く。
ぱしゅり。
「しゃあないなぁ。」
そう零した京介が太刀の峰を肩に預けて、いかにも面倒臭げに立っていた。
「まっさかガキん頃にやっとったチャンバラが役に立つようになるとは思わんかったで。」
言い様、もう一振り。
ギィィン。
怨鬼の手に刀が握られていた。身に纏っているのはボロ切れでありながら、刀はよく手入れされたそれと同じように輝いていた。刃こぼれもない。
「うお。こいつらもエモノ持っとったんかい。」
反撃する元気な怨鬼の一撃をかわすと、そいつの腹から剣先が生えた。
ばしゅっ。
今度は先程よりはマシな音を立てて消える。京介は後ろを振り返り破顔する。
「おおきに。翔太郎。」
強張った表情で、何とか笑んで見せようとした翔太郎の頭をぐしゃりとかき撫でる大きな手があった。
「やりゃあできんじゃん。」
先程よりも安心したように翔太郎は笑う。
「はい」
京介も撫でてやり、
「悪いんだが和む前に手伝ってくれないか?」
克己の声が例の奇妙な音と共に出された。
やはり真美子狙いなのだろう。その周りには現れる数が多い。それでも苦戦しているわけでもない。克己は苦笑顔のまま、懲りずに壁から頭を出した怨鬼を切った。
先程、雪乃が言っていた結界の為だろう。怨鬼がに社内に入るのは遅い。逆に入ってしまうと普通に動けるらしく、力も強い。下手な力だと、押し合いになれば押し負けてしまう。要するに、見えた時にはやっつける、これが一番らしい。
「おお。すまん、すまん。」「わりぃな。」「すいません。」
あまり悪いと思っていない声と本当にすまなそうな声が重なった。つい克己の空気も和んだとき、
ぱしゅっ。
「本当に、和むのは後にしてくださいね。」
浩多の声と共に放たれた矢。
四人を三人と一人に分けるように通りすぎた。そうだなと克己が答える前に彰の口の端が持ち上がった。弓を掲げ、弓を引く形をとる。弦さえなかった、矢のない弓に気が付けばそれらがあった。引き絞った体勢から手を放し、放つ。
浩多が背にしていた壁を穿った。穿ったといっても、壁には傷一つない。それは浩多が放った矢を受けた壁も同じだ。
「てめぇもな。」
「御忠告どうも。」
うすら寒い空気を放つ。
「ほう。弓矢にしては、矢どころか弦さえないと思っていたがそういう仕組みだったのか…知っていたのか?彰?」
「ああ。弓掴んだ時に薄く光の糸みたいのが見えたからな。」
(お前、冷たい空気撒いといて、なに勝手に身内で話しとるんや!)
京介は始めそう思った。
ほっとかれた浩多は、さぞ不快だろうと思いつつ、ついでに年下にここまで心を砕かねばならない自分の不遇を嘆いた。
だが、予想は裏切られる。
それとも予想とは裏切られるものなのだろうか。
京介は浩多が少しばかり、気圧されているのを見た。それは、はっきりと言って京介がこちら側に来て初めてのことだ。
少しばかり、否、かなりの喜びだ。あの、実は魔王ではないだろうかとか思わせる浩多のその表情!
(実はさっきのは居心地悪かったんやな。失敗…とは違うもんやけど、自分が言うた後やしな。)
少しばかりご機嫌に逆の方を振り向く。
つまり、克己と彰の二人を。
京介は本日何度目かわからない機能停止に陥った。知らない方が幸せなことがある。彼は最年長の分それをよく知っている。だというのに!どうして自分ばかりが見てしまうのか。
そう京介は見た。と思う。寧ろ見なかったことにしてしまいたい。
にっこりと微笑み、彰の肩に手を置いていた克己の空気を。
(包み込むように立ち上っていたあの黒いモノはなんや。浩多さえ、つい目ぇ逸らしたくなるような腹黒い奴なんか?ほんまはこいつが一番なんか?あの空気を柔らげるような笑顔も嘘やったりするんか?)
京介の頭はそんなことをぐるぐる考えた。
視界に何とも言えない表情の彰を見るとはなしに見てしまったまま。
因みに残りの怨鬼は洋樹が大概を倒し、真人や結太たちも頑張った。雪乃達も怨鬼に集中していた。だからまだ、皆は知らない。
「おかえりなさい。」
浩多の声が外で戦っていた者たちを迎えたときには、さすがに京介は落ち着いていた。しばらく、全員が気付くまではしばらく―恐らくそんなことはないだろう―忘れることにしたのだ。
「こっちは何があった?」
星史は入りつつ問う。答えかけた浩多は、だが逆に問う。
「ええ、…その娘は?」
誠が担いでいる、気を失った少女に目を向ける。
「身の程知らずの三下。」
説明になっていない星史の説明に浩多は「ああ」と納得した。
「で?」
「怨鬼が随分と来ただけですから、星史さんたちより楽でしたよ。」
怨鬼。
その言葉に皆が眉をひそめ、雪乃を見た。説明を求めているというのは誰でもわかるだろう。若干名漢字変換ができていないのもいるが。
「怨鬼っていうのは怨みつらみを持ったまま死んだ者たちが使役のために無理矢理起こされた者を言うんだ。」
何故か浩多が説明する。雪乃は肯定に頷いたのみだった。
「それで星史さん。どうするんですか?」
自分たちの話はもう終わってしまったので浩多は、柱に縛られたまま気を失っている卯月に目を向けた。
「明日でいいんじゃないの。」
星史はどうでもよさそうに言い、
「あんたさ、妖怪とかの動きを封じられる札とかある?」
思いついたように雪乃を見た。
「御座いますが。」
「貼っといて。あと、結界とかができるんならそれも。」
手にしたままの札に気付き、雪乃は「参りましょう。」と言ったが星史に「先にそっち」と言われ内心首を傾げた。
「そいつの仲間、もっと強い奴らだけど、空気だか土中だかに潜れるみたいだから。」
雪乃はハッとしたようになり「そう致しましょう。」と応じた。
卯月に札を貼った後、外に出る雪乃に念のため星史がついてゆく。そこは静かになった。一日の大きすぎる疲れもある。真美子は眠ってしまった。
克己の隣で安心したように眠る真美子を見て京介は呟いた。つい思ったことを口にしてしまったのだ。
「この子を守るんやから、俺らにしてみればこの子が姫みたいなモンやけど、どっちかゆうと星史の方がお姫さんみたいやな。」
もちろん外見が、である。聞き留めたのは僅か数人で、
「そういえば、さっき戦ってた星史さん格好良かったですよね。かわいかったけど。」
浩多までそんなことを言う始末。
「たしかにかわいい顔立ちだよな。」
面白そうに笑う彰が加わり、
「お前らその辺で止めとけよ。何されても文句言えなくなるぞ。」
星史の攻撃を壁に寄り掛かって見ていた洋樹が止めた。
「そうだろうな。」「可能性って高いですね。」
克己と浩多の同意に京介と彰が黙ったのは言うまでもない。
「楽しくなるだろうな。ね、コースケくんv」
俊雅はに本当に楽しそうに笑った。
脳裏に一人の姿を浮かべて。
「たしかに、次が待ち遠しいな。」
静かな同意が返った。
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雑魚がいっぱい湧いてきたんです。それだけです。でも、何の力も無い人間には脅威。力は人間の大人より強い。普通の刀なら、たぶん首を落とせば何とかなる……のかな、悠姫?所謂、角の無い鬼とか腹の出てない餓鬼とかかな。印象は。怨鬼はそんな感じでイメージしてください。