「ふふん」
後々が面倒だから、良平の援護で終わらせようと思っていた星史だったが、あまりの良平のバカっぷりに腹が立った。
遠くに行かれないよう、相手の余裕がなくなるよう、星史も卯月の相手として立ちはだかったのだが、決着が着かないこと、着かないこと。
星史の今の位置は傍観に近い。
星史は良平の後ろ、波状攻撃の形を取るのだが、良平にそう言う気のまわし方はなく、ただひたすら突っ込む。おかげで星史が作ったチャンスを彼自ら潰すのだ。溜息が出た。
長引けばこちらが不利になるのは間違いなく、事実。力の差が大きい分、康祐と俊雅を相手にしている方の消耗は大きい。
「ねえ、もう疲れちゃったの?」
卯月の高い声が耳に付く。だが考えなしの良平は別である。
連携で相手しているにも関わらず、息が上がってきている四人の方が問題だろう。うるせぇ、という良平の声が聞こえもしたが放っておく。
「どうしたの?大丈夫?」
脳天気そうな俊雅の声がする。
うっせ。小さく呟いた誠が蹴りかかり、跳んだ俊雅の着地を予想した遼が剣をふるう。
「とと?」
軽いステップでよけられ、舌打ちする。
「羽山っ」
英明の左手の二の腕の布地が裂け、白い肌に赤い線が走る。
間合いを読み損ねたのだろうか。
大輔の心に焦りが大きくなる。
攻撃を受けた英明もまた然りだ。康祐は武器なんて持っていない。
大きめに取ったはずの間合いが足りなかったのだろうか。
闇に紛れて見えないだけで、本当は持っているのだろうか。
英明は切られた腕をちらりと見る。
そう深くはないというのにじくじくと痛んで、考えの邪魔をする。
(それとも)
康祐が左手を横になぐ。
指は伸ばされたままだ。
英明はよけたが、さっき切られたすぐ下に新たに二本目の傷ができる。
(武器の必要がないのか?こいつらには)
二回目の傷の方が心なしか深い。
(小手調べか)
星史と英明がそう思った。そのとき、
「あっはははははは!本っ当に弱いのね。あなたたちって。」
ただでさえ腹の立っていた星史を刺激する言葉だった。
神経を逆なでされたのは皆同じだが、星史のそれは特に大きかった。なめられるのは嫌いである。それは彼の外見に起因するものがあるのだろう。槍を握る手に力がこもった。視線が鋭くなる。
丁度、正面。
殺気すら滲ませた星史の突きを卯月はよけることができなかった。
「あぅ…」
それでも後ろへ跳んで威力を殺そうとした。酷いダメージを受けたものの気を失わずに済んだわけだが、両膝を着いて腹を押さえた。
地面に落とされた視界の中に靴が入り、卯月は慌てて顔を上げた。でもそれは遅く。
無言のまま繰り出された槍に、卯月の意識は消えていた。もし、槍が返されていなければ卯月は間違いなく貫かれていただろう。星史は倒れた卯月にも腰を抜かして呆然と自分を見る良平にも目をくれず康祐の方へ走る。
走りながら返していた槍を元に戻す。
距離を十分に測り、突くのではなく切り払う。
動揺もなく康祐は槍の間合いから跳び退いた。星史も計算していたらしくそのまま構えた。
構えをとった星史を見て康祐は気付かれないぐらいだが、眉をひそめた。隙、といえるようなものがなかった。異世界から来たという相手ならその手のものは扱えないのだと思っていた。事実、太刀を持っている男は慣れないのだろう、付け入る隙が見えている。
いくらいいものでも使い手がそれなりでは武器の力はそれ以下に落ちる。どうやらこちらの方は“できる”らしい。
「椎橋。気付いてるか。」
英明が囁くようにいった。
「あいつの攻撃のこと?」
康祐を睨み据えたまま返された声に英明は黙った。わかっているのなら、わざわざ言う必要はない。英明は星史の側から退いた。槍は攻撃の範囲が大きく、下手に近くにいると邪魔にしかならない。
大輔も同じことを考えたらしく英明の側に来た。
「血は?」
質問はしても気になる為か、大輔の目は星史と康祐の方を見ている。
「問題ない。」
簡潔な言葉に簡潔な言葉が答えた。
血はいずれ自身が持っている凝固作用でかざぶたを作り、血も止まるだろう。
康祐が右手を払う。
簡単な動作で特に力が入っているようには見えなかったが。
星史はそれをよけようとはせず、槍の柄で受け止めるつもりなのか、左手が下、右手が上の方をしっかりと持った。
ゴ。ガ。ガガ。ガ。キン。
最後だけやけに硬質な音をたてた。星史の腕は僅かに押され曲がっている。あれでよく、皮膚が薄く切れる程度で済んだものである。
「それが妖術ってやつか。」
星史はひとりごちるようにして、やや前屈みになった。
受身の反撃より強気の攻撃へ。彼が体勢を変えるということはそういう意味が含まれる。受け身から攻めへ。星史の性格は本来そういうものだ。
康祐は星史を見て笑った。楽しそうだった。
「俊雅!退くぞ。」
「うわぁ。すっごいな。あの子。」
俊雅は細い目を開いた。それは星史が卯月を倒した瞬間だった。
「そっかー。」
向かってくる二人をうまくかわしながら呟く。
(ちゃんと使い手いたんだ。)
「どっこ見てんだ、よっ。」
俊雅にすいとよけられ「ちぇ」と誠は頭を振った。
何度試してみても当たらない。肉弾戦だとギリギリでかわし、遼の剣にはそれなりの間をとる。
(苦手なのか?)
気付くには気付くが少しずれている。
遼も誠も少し息が上がっている気もするが、呼吸はいたって落ち着いていた。
「意外ともつねぇ。」
俊雅はさして意外でもなさそうなのに声をかける。遼は黙っていたが付き合いの良い誠は、当たり前だろと返す。
(小手調べなんてつまらないだろうと思ってたけど、案外そうでもないね。)
もうちょっと遊ぼう。
そう心密かに決める。表情の一切は動かさない。
(こっちから仕掛けようかな。)
星史が康祐と対峙しているのを視界の端に捕らえていたからそう考えた。将に足が地を蹴ろうとした、とき、
「俊雅!退くぞ。」
思わず、滑った。
「コ、コースケくん!?」
声に含まれたのは驚きと非難だ。
これからが面白くなるのに。
「俊雅!」
康祐は鋭く名前を呼んだが、
「やりたくばひとりで残ってろ。」
言を翻してその姿をかき消した。
「ちょ…。コースケくん…。」
俊雅は伸ばしかけ、溜息をついた。目の前でいなくなられたのに星史の反応は特にない。あははと笑う。
「これからだったのにね。」
俊雅は戦っていた二人に声をかけた。
「小手調べはもういいのか?」
星史の冷ややかな声に、怒ってるのかなと思いつつ俊雅は星史の目を見る。
(あれ?)
「怒ってないんだ。」
冷静な星史の目を見て内心首を傾げた。
「始めからわかってることに何で怒るんだ。」
「じゃあ、僕も、そろそろ失礼しようかな。」
「なあ、あんた。あれはいいわけ?」
星史は顎をしゃくって卯月を示す。
「んー?別にいいよ。コースケくんのトコの子だし。コースケくんは何も言わなかったしね。」
「あ、そ。」
「ひとつ尋きたいんだけど。本当に怒ってない?さっき相当怒ってたよね。」
俊雅の興味は何故だかそこに集約されているらしい。
「あの三下に雑魚扱いされたんだから腹は立ったけど、負け犬ってのはよく吠えるものだろ。俺に簡単に捕まったくせに自分より弱い奴をからかうようなのに怒るなんて無駄なこと、する気はないね。あんたもさ、いくら小手調べだからって手、抜きすぎなんじゃないのか。もっと役者の足りてるのを連れてこなくてどうするのさ。あの三下じゃ役者不足だってわかってたんだろ。」
役者不足とは、その人物の能力、力量より大きな仕事だということ。
「あはは。耳に痛いな。」
(やっぱ人間に貸せるのなんてそこそこ以下だしねぇ。)
「また会おうね。」
俊雅は空気に混ざっていくように見えた。
「ちゃんと修行しなきゃダメだよ。それから」
「中の子、無事だと良いね。」
笑みを含んだ声に、
「無事に決まってるんだろ。向こうのがイイのばかりだ。」
星史の声は微塵も疑ってなかった。
今度はそっちの人たちとがいいね。そんな声を残して俊雅は消えた。
Next
星史大活躍。彼は普通に強いので。なにしろ護身術習ってるし。棒術も使える設定のはず。もう少しあとで触れたような。
次は社の中の人たちの戦いです。
※役者不足・その役に対して役者の力量が十分でないこと。