「あー食ったー」
誠は満足そうに腹を叩いた。
「いいんですか?お供え物食べちゃって。」
「四神の御子ともなれば神も同然。幸い今は収穫期。近隣の村から供物は山のように届けられます。まさか全て、供えるだけとは言いませんでしょう。」
「山のように…って、ここの神様ってそんなにすごいんですか?」
「四神は全ての理を司ります。田畑を守る者、巧の者、この地上で生きている者で四神の恩恵を受けないものはありません。更に四神は伝承にもある通り混沌から我々を守る唯一のものなのです。信仰の深さは生活に密着しているからこそ。供物の多さはそれだけの保護を求めるからこそです。」
自分たちがその四神の代理だと思うと、その期待の圧力に胸がいっぱいになる。その様子を見て雪乃は軽く笑んだ。
「なんや健太食べへんのか?ほな、もらうで。」
隣の京介は思いつめる健太に気付かなかったように食事を続ける。
「うん、これはあんまりうまくない。遼さん、あげるよ。」
「ありがと…」
食べかけの、しかもまずい木の実を渡されて「ありがとう」でもないだろうが。遼は何か他のことに気を取られている風だった。浩多もそれには頓着しない。
「で?雪乃さん。その混沌って何なの?」
「それは…いえ、わかりません。」
「なるほど、心当たりはあるわけだ。」
そう言って笑む浩多に雪乃はおびえた瞳を向けた。どうやら彼女もその微笑の冷たさに気付きはじめている。
「私は巫女です。根拠もなく人を疑うような心があってはならない…」
「人間かぁ。」
「っ…おやめ下さい。」
雪乃は立ち上がると、わだかまりを残した複雑な表情でその場を退出した。
「おまえ警戒させてどうすんだよ。」
呆れたように言う洋樹にも、浩多は絶対零度の笑みを向ける。
「相手が手札を全部見せてくれなきゃ、僕らだって四神の代わりとやらを果たせないじゃない。それを盾にして健太くん脅してたみたいだから、こっちも状況説明ってお役目を求めるのは許されるはずじゃない。」
洋樹はその言葉の中に含まれた毒に身動きがとれなくなった。
「でも結局何も聞き出せなかったな。」
「ねぇちゃん行ってしもたしな。」
竜馬と京介が洋樹を解凍しようとしたが彼らもすぐに後悔した。
「じゃあもっとうまくやれたんだ。ごめんね、余計なことして。」
こいつを敵にまわしてはいけないと、体中で警戒信号がなっていた。
「眠いっ、寝る!」
脳天気な誠の声は雪の後の晴れ間のようだった。ほんのわずかに場が和む。
「食うだけ食って寝るなんて、ほんまに本能だけのやっちゃなぁ。」
「でも考えてみれば、こっちに来たのはあっちが夜のときだからそろそろ眠くなってもおかしくはないかもな。」
結太は時間を確認しようと携帯を取りだした。
「あっ」
「どうしたん?」
「時計が止まってる。」
「使えないんだから当然…じゃない。」
竜馬が結太の手から携帯を奪った。
「画面がついてるなら電池はあるはずだ。しかももともと時計は常に動いているはずじゃないか。デジタル時計が止まるなんて―」
「デジタルだけじゃない。」
珍しく遼が声をあげた。「俺のも止まっている。」
投げてよこしたのは革バンドの腕時計。浩多がそれを拾う。
「これって腕につけてればその振動でネジが巻かれるタイプだね。つけているかぎり、止まるなんてありえないよ。」
「じゃあ何で…」
その場に転がっていた誠が呑気な声をあげた。
「それって、あっちの時間なんじゃないの?俺らがこっちに来ている間、あっちの時間は止まってるんじゃん。」
その考えに場が一気に明るくなった。
「じゃあ、戻ったらこの時間なんだ。」
「俺たちがこっちにいくらいても関係ないんだな。」
「消えたことになってないんだね。」
健太は胸をなでおろす。親や友達に心配をかけてはいないのだ。
「戻れたとしたら、だね。」
場が再び凍てついた。浩多の言葉も笑顔も痛すぎる。
「…きっと、戻れるさ。」
誰かがつぶやき、皆はそれを自分に言いきかせた。
「失礼します。」
覚悟して入ってきた雪乃は、その場の重さに困惑した。
「どうかしましたか、雪乃さん。」
「…いえ。皆様にはお見せしたいものがあります。」
「これ、武器?」
「一六あります。それぞれに勾玉が彫り込まれていますし、その下に属性を示す文字が」
「これは春だな。」
洋樹が無造作に一つ持ち上げる。
「こっちは朝。」「赤、かな。」
全員が好き勝手に手に取るのを雪乃は注意深く見ている。
「私には、あなた方の属性を見極めることができません。この神社に納められているその武器ならそれができるのでは、と思ったのですが。やはり一六人揃わないことには無理のようですね。」
そう言って雪乃は浩多の方を向く。
「確かに私には思うところがあります。それは残りの九人を見つけだしてから。それではいけませんか?」
「かまいませんよ。」
「それでは行って下さい。四神は呼び合うともいいます。その気になって探せば見つけることはたやすいかと…」
雪乃はそう言ったが如何せん8人はここの地理を全く理解していない。加えて満腹になったことから来る安堵感、眠気に耐えられず、東桜神社で一泊していくことにした。なんだかんだいって日も傾きかけてきたのである。
「雪乃さんは一人暮らしなんですか?」
泊まることが決まった後、健太がふと気付いて聞いた。
「…いえ…姉が一人います。」
雪乃の顔にサッと陰が落ち、一瞬の間があったことを浩多は見逃さなかったが特に何も言わなかった。
「じゃあ、僕たちがいたら迷惑なんじゃ。」
「大丈夫ですよ。」
健太がいかにもすまなそうに言うので、雪乃はゆっくりと微笑む。そして、
「姉はしばらく戻ってきませんから…。」
と独り言のように呟いた。
「仕事とかか?」
雪乃のつぶやきを洋樹は耳ざとく聞いていた。
「仕事…。そうですね、そのようなものです。京都に祈祷にいきました。」
それだけ言うと雪乃はそそくさと立ち上がる。
「あの、お茶入れてきます。」
雪乃の姿が扉の向こうへ消えるのを確認してから京介が口を開いた。
「変やな。」
「そうだな。」
「そうですね。」
それに洋樹と浩多が同時に答える。
「なにが?」
とのんきに聞くのは誠。
「あのねえちゃん、なんか隠しとる。」
「やっぱり“混沌”とやらの正体を知ってるんじゃねえか?」
「少なくとも彼女のお姉さんと何か関係があるみたいだね。」
「俺もそう思うわ。」
「京都に祈祷っていうのは、黒幕は京都の貴族ってことか?」
「うん、その線は有るかも。」
京介、洋樹、浩多の三人はそれぞれの推測を語り合っている。
そんな三人を誠はすげぇなー、と心の底から感心し、結太と健太は恐ろしくてビクビクしている。竜馬は目を閉じ、仮眠しているようだ。
遼は一人立ち上がって雪乃が立ち去った扉へ向かった。
「どこ行くんですか、遼さん。」
浩多が声をかけた。一瞬、体の動きが止まったが、
「…トイレだ。」
そう小さく呟いて、遼は扉を開けてスッと部屋を出た。
「どう思います?」
「そんなん決まってんだろ。」
「青春やな。」
ニシシと酔っぱらいの親父のように京介は笑う。
「京介さんだって僕らと大して変わらないじゃないですか。」
「甘いで浩多。二十歳を越えたんと越えないんは若さが全然ちゃう。」
妙にしんみりと言う京介。
「そんなものですか?」
と浩多はため息をついた。
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本当にお供え物を手にしていいのかはわかりません。