二〇〇二年六月四日。W杯、日本の初戦、対ベルギー。
 埼玉スタジアム2002で中村俊輔が劇的な逆転フリーキックを決めたとき、その光は一七人を包んだ。


 「な、なに?」
 大ファンの中村俊輔がフリーキックを決め、大興奮していた真美子は一転して混乱に陥った。突然、まばゆい光が目に入り、次の瞬間、体中が光に包み込まれていたのだ。真美子はとっさに目をつぶった。
 その光は一分続いていたかもしれないし十秒しか続いていなかったかもしれない。とにかく真美子が長いと感じない程度の時間で光は消えた。真美子は恐る恐る目を開けた。が。
「なに、ここ…。」
 出てきた言葉はこれ。それもそのはず、さっきまで夜のスタジアムにいたのに、目の前に広がる景色は昼間の野原なのである。
「私、夢でも見てるのかな。」
 古典的に頬をつねる真美子。
「…痛い。」
 どうやら夢ではないことを悟る。
「なにがどうなってこうなったんだろ。」
 そうつぶやくと同時に四つの光が真美子の周りに発生した。
「こ、今度は何っ?」
 半分涙目になって怯えるが、何故か足がすくんで動けない。
「な、なんだよ、ここ!」
「何が起こったんだ?」
「おどろいたな。」
「…夢、だよな。」
 光が消えると四人の青年が現れ、口々に思ったことを言った。
 真美子が見る限り、この人物たちも自分と同じように突然ここへやってきてしまった普通の人という感じだ。その中で真美子は見知った顔を発見した。
「克己にぃっ!」
「え?あっ、真美子ちゃん!?」
 真美子は克己を呼んだ青年のところへ駆け寄る。
「よかったー!克己にぃ、ここどこ?」
「いや、俺にもわからないんだが…。」
 そんな二人の会話を一人の青年が止めた。
「感動の再会してるところ悪いんだけどさ、今の状況を把握したいんだけど。」
 その声に、少し離れていた二人の少年たちも同意するように頷いた。
 五人は自然と近づき、先ほど、真美子と克己の会話を止めた青年がまず口を開いた。
「とりあえず自己紹介するよ。俺は椎橋星史、二十一。麻布大学三年。」
「ええっ?あなた、二十一歳なの?」
 真美子は驚きの声をあげる。
「何か文句ある?」
 ムッとあからさまに顔をしかめる星史。
「え。いや、あの、十八歳くらいかと思ってたから。」
「それって俺の背が低いって言いたいの?」
 星史の身長は165センチを少し超えたくらいで、一般的に見ると確かに低い方かもしれない。
「そんなんじゃなくて、その、瞳とか大きくてかわいいし。」
「かわいい?」
 更に機嫌を損ねたようで、真美子にずいっと突っかかる。
「ご、ごめんなさい。」
 星史に圧倒され、真美子はうなだれた。それを見て星史は、まだ不服そうではあったが
「ま、いいけどね。」
とつぶやいた。それから真美子を真っ直ぐ見て言う。
「で、君は?北沢とどういう関係?」
「え?えっと椎橋さん。」
「星史でいいよ。」
「じゃあ…星史さん、克己にぃのこと知ってるんですか?」
 真美子は克己と星史の顔を交互に見ながら言った。
「有名じゃんか。武蔵森大学三年、中学時代から守護神と呼ばれ続けている天才ゴールキーパー。北沢克己。」
「そこまで言われたら俺の自己紹介は必要ないな。」
 肩をすくめて克己は微笑む。
「ほえー、実はすごいんだ、克己にぃ。」
「ん、まあな。…で、この子は俺の従妹だ。」
「あ、そ。」
 さしたる興味もないようで、星史は適当に相槌を打つ。
「それから、お前らは?」
と言って二人の少年の方へクイッと首を向けた。
「俺は森川真人、一七歳、高三。」
 精悍な顔つきで、やや目の鋭い少年が答える。
「羽山英明、一八歳、大学一年。」
 それに続いて漆黒の髪と同じ色の瞳をした、整った顔立ちの少年が吐き出すように言った。
「ふーん、年齢は対して違わないな。」
 とりあえず思ったことを口にしてみる星史。
「で、私たちはどうしてこんなところに居るんでしょう?」
 真美子がこの場にいる誰もが思ったことを言った。
「私は埼玉スタジアムでW杯を観ていたんですけど。」
『俺も』
 四人同時に答えが返ってきた。
「何かの集団催眠みたのにかかったのか?俺たち。」
 そう星史が言うと克己と英明は腕を組んでなにやら考えている様子。真人は前髪を掻き上げた。
「あれ?」
 真美子は真人の額に目を留める。
「ねえ、森川…真人くんだっけ?」
「あ、ああ。」
「おでこについてるの何?」
「え?」
 慌てて真人は額に手を当てた。何やら丸い形の石のような感じがした。
「あ、何だこれ!なんか付いてる!気持ち悪ぃ。」
 そして急いでそれを取ろうとするが、なかなか取れないようである。真美子は取ってあげようと真人の額に手を伸ばし、それに触れた。
 その時。
「あっっ!」
 額の石が淡い光を放った。それから克己の鎖骨の辺り、星史の左手、英明の右手が呼応するように光り始めた。
「なんなんだよ、一体!」
 星史が自分の左手を見て叫ぶ。
「勾玉…。」
 真美子はつぶやいた。


 その同時刻、ちょっとした林の中に、一人の少年が急に現れた。
「うおー。ととと…。」
 何をしていてバランスを崩したのかはわからないが、左足で上手く支えて転ばない。
「…んだぁ?ここ…」
「いい質問だね。一緒に考えてみようか。」
 土を覆う草を踏んでいながら音をさせなかった少年がにこりと微笑んでいる。
「誰だ、あんた。」
「いけないな。人に名前を聞くときは、まず自分から名乗るんだよ。」
 言いつつ、ニコ目の少年はどこか犬、それもいたずらばかりしそうな成犬前の犬を目の前の相手に対して連想していた。
 何気なく歩き草を踏むが音はやはりしない。
 近寄られ、にこりと笑っている少年に何となく圧されて、少年は後退さった。
 かさり、と。やはり音がする。
 身長は自分の方が少しだけど勝ってるんだ!負けるな俺!
 何とか己を鼓舞した少年は、三歩退いた処で踏み止まった。
 背筋に嫌な汗が流れる。
「俺は若葉結太、高二。あんたは?」
「僕は杉本浩多、同じく高二。何が起きたのか僕にもわからないけど、一緒に行動しよう?」
「っ。なんで。」
 結太は思わず言った。
 そう、思わず、だ。こんなわけのわからない所で単独でなんて行動したくはない。
 さっきの雰囲気を引きずって、つい反抗したのだ。
 なんとなく抗い難い空気を相手が持っていたからかもしれない。
「なんで、か。結太くんは、こんな処にひとりでいたかった?だとしたらごめんね。でもここは僕らの知っている所とは違うだろうから、同じ立場の人がいたら何かといいと思ったんだけど…。し」
――仕方ないね。
 浩多はそう言うはずだった。
「見ぃつけたぁ!」
 背中に受けた大きすぎるダメージに、浩多は息を詰めた。
 体当たり如何の勢いで背中からナニかが抱きついてきたのだ。
「はあ、よかったぁ。俺みたいな奴がここにもいて。」
 余程嬉しいのか、胸のあたりで回していた腕にぎゅううと力を込める。
 どちらかというと細身に分類される浩多は思いきり締められ心なしか青くなってきていた。はじめのうちこそ「ザマアミロ」と思っていた結太もさすがに心配になってきた。
「お…。」
「バカッ。やめろよ、お前は殺す気か!?」
 ぐいっと勢いよく引き離そうとする別の手。
 腕の中にある存在が弱っていることに漸く気付いた殺人未遂の少年Aは慌てて手を離した。
「わ、悪い。つい…」
 ケホッ。ゴホッ。ゲホ、ケホッ。
 苦しそうに咳き込んでいる浩多の背を結太はさすってやる。
 目尻にたまった涙を指先で拭うと、浩多は笑顔を見せた。
「ありがとう、結太くん、もう平気だよ。それから…」
「あ、俺、誠。こいつ健太。」
「そう。誠くんも気にしないで?動転してたんだと思うし、なにより周りのことや相手のことがわからなくなってしまうのって一直線型の人に多いし。人が元から持ってるものにはちゃんと考えてないと逆らえないから。」
 浩多は言った。
 にっこりと笑って。
 誠は言われたとおり深く考えず、それでもすまなそうにごめんなと、謝っていた。
 結太と健太は凍りかけていた。
 要約すると『単純バカは物事考えずに行動するから仕方がない』。
 するんじゃなかった。
 二人は後悔した。ちらりと笑っている浩多を見て、更に後悔した。
 絶対零度。その笑顔。
 さすがに──―本能で──―感じたのか誠も妙に引きつる。
 浩多は変わらず笑んでいた。
「あ、あのさ!」
 わけもなく明るい声を出して、結太が気を引く。
「俺、結太でそっち浩多で、二人とも高二。そっちはいくつだ?」
 妙に気が焦る。多少早口に言う。
「あ、ああ。俺が高一で誠さんは大学一年。実は俺らより年上なんだ!」
 健太も合わせるが冷や汗が頬を伝う。
 はっきり言って怖い。
 元気な誠を見つけたとき、健太は良かったと思った。だが今は何でこんなのに会ったのかと嘆いていた。
 なんとか仲良くさせよう。
 いらないほどの生真面目さが禍いして、泥沼にはまりそうな自分を健太は感じていた。
 友好的に友好的に。
 言い聞かせてちらりと結太を伺うと、同じことを考えているらしい。
 結太が口を開いたときだった。
「「「なっ」」」
 いきなり浩多の右手、結太の左手、健太の鎖骨、誠の額が淡い光をいただく。
「なぁ、なぁ、なんだ、コレは!」
 騒ぐ誠。言葉もない結太と健太。
「静かにしてくれる?」
 黙らせる浩多。
 不意に笑み、視線を三人からずらす。
「どうやら、こんな目に遭ったのは僕たちだけじゃないみたいだ。」


「なるほど。確かにいたな。」
 洋樹が隣を歩む京介をちらりと見やった。
「俺が言うたんや。当たり前やん。」
 ふふんと得意気に京介は笑って見せた。
 その二人から、三,四歩離れたところをなかなかの美少年が歩く。
「竜馬ぁ。遼ぉ。もっとこっち来ぃな。こないなトコでそんなんでどうやってくつもりや。」
 遼と呼ばれた青年は少しばかり色素が薄い。
 京介のは染めた茶だが、遼のは天然の色だ。
 彼は前を歩く三人と一戦引いているかのように離れて歩く。
「なんなんや。ったく…」
 京介はぼやくが洋樹もノッてこない。彼とてもともと口数が多いわけではないのだ。
 横に視線を流していた洋樹が前に戻すと、にっこりと笑顔とかち合う。
「初めまして。」
 こっちで話をしているうちに、向こうも移動していたらしいと気付く。
「初めまして、少年。あんたらも同類か?」
「そうみたいだ。ところで、僕は杉本浩多、こっちが若葉結太くん。二人とも高二。あ、あの人が誠さんで大学一年。もう一人が健太くん、高一。」
「そか。おれは喜藤京介、大学三年や。喜藤は喜ぶ藤って書くねん。由来は聞いたらあかんで、俺も知らんのや。んで、こっちの黒いんが川瀬洋樹。誠の一つ上、大学二年やな。この黙っとるんが水谷竜馬、お前らと同い年や。で、あそこにおるんが天馬遼、誠と同じ年や。共通しとるのとゆうたら皆サッカー好きてことか。…で?誠と健太はもっと愛想のええこと言われへんのか?」
「ハイハイ!俺、九代誠、武蔵野森大学一年。当然サッカー部でFW。一年唯一のレギュラー。」
「小山健太、高一。俺もサッカーは好きでゴールキーパーを志望してる…」
「ねぇ、もしかして、皆、埼玉スタジアムでW杯見てたりした?」
『ああ』
 全員の声が重なることに浩多は微かに口角を上げた。
 相変わらずにっこりと笑っている。
「僕は持ってないから試さなかったんだけど…。誰かケータイとか試してみた?」
 流れた沈黙に対して浩多はにっこりとする。
「笑顔が痛い。」
 口にすることはなかったが、皆がそう思ったのは、言うもでもない。
「無理だったな。」
 漸く口を開いた竜馬に、洋樹はそうだなと返事する。
「こんな電波のなさそうなとこじゃ仕方ないよね。」
 笑顔で言ってのけた浩多を除いて皆が一瞬凍り付く。
「それより現実的に考えようか。僕らの他にもこういうモノを保ってる人がいるかもしれないしね。」
 浩多は左の掌で右手を包む。
「京介さんはわかったんだよね。」
「それはお前もだろ?」
 口を挟んだ結太に笑顔を向ける。
「そうだね。それに、法則があるみたいだ。」
 二人ずつ四カ所。
 多少のずれがあっても出ている処は同じだ。
「そないなこと、それこそ今はどうでもいいわ。俺らだけじゃどうせ何もわからへん。それより餓死になんてなったらどないすんねんな。」
「サバイバルだね。」
 結太は、浩多の言葉に出会ってから何度目かの冷たい想いがした。
「ヤローばかりで…、華が欲しいわ。」
 呟く京介。嘆息する洋樹、竜馬。何も考えてなさそうな誠。諦めたような冷や汗を流す結太。一人馴染もうとしない遼。
 何を考えているのかわからない浩多。健太は胃がキリキリと痛むのを感じた。





                Next
 とりあえず、出会い篇前半です。
 長い話になりますが、お付き合いください。