再生への序章






 大きく、夏依は息を吐いた。塔へと向かった姿はもう見えない。
「仁。お前は周助のほうに連絡に行ってくれ。予定通りに頼む、と。橘はここを頼む」
 前髪を乱暴にかき上げた。軽く眼を伏せ、顰めた眉目には僅かな疲労が滲んでいる。
「なぁ、せやったら俺も街に出るわ。正式な兵じゃなかし、もうちっと落ち着いて文武官を決めんときに柳生と来るけんね」  仁王がすちゃっと手を上げる。彼が受け持つ予定なのは外交だ。少なくとも王宮内がもう少し落ち着かないことには働きようがなく、今であるならば夏依と特に懇意にしているわけではない自分が王宮に留まる必要なないだろうと仁王は思った。それを正しく読んで夏依は頷き、了承を言葉にする。
「そうだな。そろそろだと思ったときに来てくれてもいいし。勿論、その前に来てくれてもいい。遅いようなら仁を迎えに行かせよう」
「やったら、行こうか、阿久津」
 欲しい言葉を貰い、仁王はさっさと帰ろうと思う。今夜は加わらなかった柳生も結果を待っていることだろう。急かす仁王を無視して仁は厳しい眼で夏依を見ている。それぞれに仕事を割り振るのはいいが、夏依がひとりになるのは許せるものではない。それはわかっているのだろう。夏依は降参を示すように両手を軽く挙げた。
「大丈夫だ。景吾と一緒にいる。周助たちに伝えた後、戻ってきて俺を探して傍にいる分には構わない。どうせ、皆、そうするだろうしな」
 下のホールではなく、その場で始めようとした橘が訝しむのに気づいて夏依は苦笑した。こればかりは何年経とうと変わることはないだろうと。
「景吾と周助は仲がいいとは言えないし、俺が直接行くのは論外だ。なら仁が手っ取り早い。
 仁王は早く帰りたいだろう。行ってきてくれ。お前たちとここで早く会えるようにしておくさ」
 聞いた理由に橘は何とも言えない顔で沈黙した。それにかける言葉はどうしたところであるものではなく、仁の肩を叩き、仁王にはまた後でと言葉をかけ、夏依はさっさと身を返して王宮の奥に歩いていく。言われなくても同行するつもりであった景吾は当然のように夏依の横に並んで行った。
「おら、行くぞ」
 暫し見送り、長い足で仁は逆方向に歩き出した。


 景吾がわかっている範囲の表部分だけでも見ておこうと案内されながら歩いていると、観音開きの扉の前で景吾は足を止めた。この扉の前は攻め入ったときにも通っている。
「夏依」
 両の扉に手を置き、ぐと力を入れて押した。
「ここが謁見の間だ」
 部屋の内側に向けて開くと、一面の絨緞のその上に紅の天鵞絨の絨緞が玉座に向かって真直ぐに伸びている。一段高くなったところには権威の象徴を表すような豪奢な椅子だ。物質的な意味では、ただ豪華で立派な造りをした椅子に過ぎない。
「ここがそうなのか」
 3、4の部屋をぶち抜いたくらいの広い謁見の間に数歩踏み入り、首を一巡させて中を見渡す。玉座に続く幅一mくらいの深紅の天鵞絨の横には一定の間隔をあけて、大人が両腕でつくった円くらいの太さの大理石の柱が立っている。玉座の後ろと横にはある程度の間があり、近衛兵がいられるようになっていた。その更に横には大きな机が据えてあり、そこで宰相か書記長かが内容を認めるのだろう。そうなると、玉座の横に立つのはやはり宰相か。
 いざというとき、剣を抜くために広くしてあるのだろうが、それにしても無駄に広い。そう思ってしまう夏依に問題があるのか、本当にただだだっ広いのか。
 国の威信を示すように用所用所に飾ってある美術宝飾品や玉座の後ろの壁に掛かっている王家の紋章を象ったものや幾何学画のタピストリー。
 ひととおり見ればとりあえず謁見の間に用はない。入り口を振り返れば景吾が腕を組んで立っている。
「いいのか?」
「ああ。次に行ってくれ」
「城の中の詳しいことは今日か明日にでも侍従長に聞いておけよ。隠し部屋だの抜け道だのを。俺も同席するけどな」
 景吾は言いながら、夏依は聞きながら玉座の後ろを見やって視線を合わせた。お互いに気づいていることを眼で確認し、扉を閉めて、外から両の取手を括り付けて開かないように処置をする。本来謁見の間などは内側からしか鍵が掛からないようになっているものだ。中にいるのが誰かは知らないが、咄嗟に隠れただけの者ならば後でいいだろうと夏依と景吾のふたりは扉を施錠した後、まだ見ていない部屋を見に、本当に行ってしまった。


 男はずっと隠れていた。
 男は国王の親族で、今日は男にとって利になることの話をしに登城したものの、会うことが叶わず明日こそはと思い、そのまま王宮に留まったのだ。
 男にとって王宮は既に慣れた場所であり、今夜も不意に目を覚まし男のために用意された部屋を勝手に出るにも遠慮するような意識はなかった。さすがに奥殿には入らないし、入れないが表部分であるなら問題はなった。だから男は客間を出、ランプに明かりを灯すこともなく、ふらふらと歩いた。等間隔にある明かりでそれが必要なかったというのもある。
 夜が更けた、生き物すべてが寝静まっているような時間だった。男はぶらぶらと歩き、誰の不手際か半開きになっている謁見の間に入り、扉を閉めるように押した。扉は閉まりきっておらず細く開いていたが、それを気にせず男は玉座の方へ数歩近寄った。玉座の背後には王家の紋章を縫い取ったタピストリーが堂々と掛かっている。
 男は人目を忍ぶように笑った。金糸銀糸をふんだんに使った王家のタピストリーを見つめたまま、小さな声であれ実に楽しげに笑った。
 男にとって今の王と先の王は実に都合のいい王だった。その王たちのおかげで男の生活は豪華で贅沢だった。阿り易く、取り入り易い王だった。王に対しどれだけ多くの金銭や宝飾品を贈っても、それ以上の利益が転がった。
 男は楽しげに嘲るように笑っていたのだ。悦に入っていたのだと言っていい。傀儡のような今の王では、まさに我が世の春と言えた。
 男は一頻り笑うとそろそろ戻ろうと思った。今ならば眠れそうだった。
 薄く開いたままの扉の取手を握り、開こうとしたとき、密やかな息遣いと声が聞こえた。男は掛けた手をぴたりと止める。扉の隙間から覗くと、黒一色の服装で腰に剣を帯びた青年たちが足早に通り過ぎた。低く小さい声は殆ど聞き取れはしなかったが、辛うじて「国王」と「時間」「勝負」が拾えた。
 男は恐怖に震えた手で扉をしっかりと閉めた。鍵を掛けようとして、施錠音が響きそうで恐ろしく、へたり込み、抜けた腰でずり下がった。闇雲な手足の動きは空回りをしたが、それでも僅かに後退去る。
 回廊と謁見の間を分ける扉を見上げ、男は暗殺者が来たのだと思った。目撃者も問答無用で殺されるのだと男は怯えた。その恐怖のなかに一瞬違和感が過ぎったが、男はそれに気づくことなくただ怯えた。震えていた時間はどれほどであろうか。実際には僅かな時間であれ、男にとってはひどく長いようであった。
 逃げなければならない。少なくともこの部屋にはいてはならないと男は思った。
 男は立つことができず、四つん這いになって扉に近寄った。取手を摑み、すぐに逃げようと思った。早く早く王宮から出てしまおうと。こうなれば王のことなど、どうだってよかった。男にはまったく関係のないことだった。
 何とかひざに力を入れ、男は立った。扉を開けようと腕に力を入れ、今度は腰を抜かすことはなく、後退去ってぶつかった柱の後ろに隠れた。
「ん?ここ開いてたか?」
 外から声がする。
「ああ。さっき回ったときにも開いてたな、そういや」
「閉めとけよ」
「わりぃって。中には誰もいなかったぜ。閉めとけよ、お前」
「いい加減な奴だ」
「うっせーよ。ああ、それにしても落ち着けねぇな」
 かちゃん、と扉が閉まる。男は駆け寄った。彼らは近衛兵であった。庇護を、暗殺者たちが入り込んでいることを訴え、護衛してもらわねば。侵入に気づいていない怠慢に腹が立ったが、それは後だ。無事助かった後でいい。怠慢といえば、この自分の部屋を警護していなかったことも腹が立つ。警護の近衛がきちんと自分を止めていれば、こんな恐怖を味わわされることもなかったはずなのだ。
 男は自分の行動を棚に上げ、憤った。
「あの方たちは無事に辿り着かれたかな」
 助けてもらおうと思っていた男は小さく聞こえたその言葉に貼りついた。心臓がバクバクと煩い。
「大丈夫だろう。俺たちは敵を入れなきゃいい。この王宮内を成し遂げるまで封鎖できれば」
「ああ。この国を、俺たちの国を」
 よい国にしてくださるだろう。
 聞いて男は呆然とした。暗殺者が入り込んだのではなかったのだ。クーデターなのである。王朝の打倒が、現王制を廃す動きが現実になったのだ。男はそれを知った。
 男は呻いた。ふらりふらりと男は下がる。今度ばかりは腰を抜かすも何もない。下がって下がって男は蹴躓いた。遠く目の先には玉座の脚だ。
 男は笑った。先程とは違い、掠れた声で力なく笑った。殺されるのだと思い、死にたくないと逃げ道を探す。だが、回廊には近衛兵が警邏しており、謁見の間は城の2階――一般的な建物の3階にあたる――にあるのだ。とてもではないが男には飛び下りることはできない。下りられても怪我をすることは必至であるし、外にだとて近衛兵はいるだろう。この謁見の間には国王を逃がすための隠し通路があるだろうが、男はそれを知らなかった。
 絶体絶命である。いや、近衛兵を味方に引き込むものがクーデターに起った時点で、現国王に阿る者たちは須らく絶体絶命だったのだ。その勢力ができた時点で勝てることはなかったのだ。
 どうすればいいのか。男はぐるりと謁見の間を見回した。兄が先王であった男である。謁見の間にある何かを男は先の兄王から聞いていたはずだった。
 握り締めた手に、じっとりと嫌な汗が滲んだ。
「ああ…!」
 男は光明を見出したように小さく叫んだ。叫び、王家の紋章のタピストリーの裏側に回り、しばらくもぞもぞとしていたかと思えば、消えた。
 男は、その場にじっと、じっと、息を潜めた。


 するりと景吾と夏依は入り込んだ。念のために扉の前と謁見の間の窓を臨む中庭には近衛兵を配している。気配は最初に謁見の間に来たときと同様に、本来ならば壁であるべき場所にあった。謁見の間の中にも警護としての同行を願った近衛兵には気配も消せない素人相手は自分たちだけで十分だと断った。何より、それは明らかに隠し部屋にいるだろうと思える場所にいるのだ。多くの人にその場所を知らせることはできない。
 景吾と夏依は頷き合い、気配を消したまま玉座に近づく。足音はこちらが意図せずとも絨緞が吸収し、それがいいことだとは思えず、ふたりは眉を顰めた。
 夏依は玉座を背にして立ち止まり、景吾は壁まで歩いてタピストリーに手を掛けてあっさりと下に引く。
 ばさぁり、と空気を孕んでタピストリーは絨緞に落ちた。どう見てもそこにあるのはただの壁だ。だが、剣を持ち続けることを己に課したふたりにはそこにじっと蹲る気配が慥かに感じられた。
 タピストリー裏の壁を指で軽く触れるようにしてなぞり、景吾は隠しの仕掛けを探る。こういった場所でなければ近衛兵に任せて景吾は夏依を休ませたかった。こうなればさっさとこのバカを捕まえて引き渡して、何処かの部屋で横にさせようと景吾は決める。
 壁に滑らせていた指を一点で止め、景吾は艶めかしくも危険な笑みを浮かべた。どのような理由で用いる部屋かは知らないが、謁見の間の隠し部屋を知っているのだ。それなりの高位の相手だろう。気配を消せずとも当然かとふたりは同じ思考に辿り着いた。
 手を掛けたまま景吾は夏依を振り返り、夏依は頷き返す。
 がこん。
 大きくはない音がし、壁の一部が迫り上がっていく。周辺にだけ置いたランプで玉座の近くだけが明るい。カーテンを開けば月明かり星明り、庭の篝火でもっと明るいだろうが、この中だけで終わらせたい彼らは開けなかった。
 そこにいたのは屈み、こちらを上目遣いで見やる五十半ばの男だった。夏依と景吾を、いや、その腰にある剣を見て恐怖しているようだった。だからといって、後退去れるわけでもないらしく、両の足の裏と両の掌を床につけて体は固まっている。目だけがふたりを見ている。
「先々王の王弟だ」
 それはつまり、景吾の父である先の跡部公爵の従兄弟である、ということだ。そしてそれは景吾にとっても男が遠縁であれ、親戚関係にあるということを示す。
 忌々しげに景吾は言う。唾棄すべき者を見る眼だ。事実、腐臭が漂う王家のなかでも、この男の如何ともし難さは国の隅々まで知られていた。
「おとなしく投降していただこう」
「出ろ。手を後ろに回せ。近衛兵に引き渡す」
 刺激しないような夏依とは逆に、高圧的に景吾は言い放つ。
「わ・わた…。私はどうなる!?」
 男は怯えに言葉をどもらせた。相変わらず床にはり付いている。強張った体が動かないのだろう。
「あなたの罪は大意が決める」
 刺激を与えない静かな声は、冷徹さを滲ませて男に振った。
「い…いやだ。やめろ、止めろ。止めろ、止めろ!!巫山戯るなッ」
 男は唐突に叫ぶと、まるでクラウチング・スタートのように飛び出した。だが、男が飛び出したところで惑うような夏依や景吾ではなく、難なく夏依は男をすぐに壁に追い詰めた。景吾はまず隠し部屋の入り口を閉じ、男に向かう。引き落としたタピストリーは既に意味のあるものではなく、掛け直す気にもならない。掛けるのなら、新たな意匠の夏依の、そしてその後を継ぐ誰かのものだ。
「貴様らがいなければ!私が玉座に就かずともそれに等しい利権が転がったのだ!!この手にこの国を自由にできるような!あの愚かな甥王の代わりにな!!」
 言い、男はどこか血走ったような目で壁に掛かっていた宝飾の鏤められた剣を手にした。それは明らかな飾り剣だ。
「貴様らが!」
 剣を抜こうと柄と鞘を握って引く。だが、剣は当然のこと抜けはしない。夏依たちを睨んだまま抜こう、抜こうとして、抜けず剣に目を落とした。それほど抜こうとしたところで抜けはしない剣と無駄に格闘する。
 近づく。
「俗物が」
 切れるほどに冷たい、凍れるような声が、それと同様の眼の鋭さで男を貫いた。首裏を一撃し、昏倒した男を見下ろす眼は冷酷を極める。
 侮蔑に満ちた溜息を吐き、景吾はそこにいるように夏依に言ってから、男の襟首を摑んで引きずっていく。扉を開け、控えていた兵士に男を引き渡し、一言二言何かを言いつけた。
「いいな。待っていろよ」
 回廊に出てから景吾は上半身を謁見の間に戻して言い含めた。それに夏依は冷酷さを薄めながら苦笑して頷く。
「おとなしく、待っていろよ」
 最後にもう一度言い置いて、今度は夏依の返事を聞かずに景吾は走っていった。恐らく外に控えさせている兵士に労いと解散を言い渡すためだろう。ふたり揃って行くほどのことでもないかもしれないが、本来ならばやはり夏依も行くべきだろう。敢えて景吾が自分をおいていったことを考えて、そんなにも酷い顔をしているのかと夏依は嗤った。
 溜息をひとつと、今一度謁見の間を見回した。床に置いたランプひとつだけの灯りの、沈んだような部屋の暗さにもう一度溜息をついて窓辺による。天鵞絨の生地のカーテンを左右に大きく開き、月明かり星明りを中に入れる。月を見上げてから残った窓のカーテンを開け放った。
 外からの明かりを入れて、部屋が蒼みがかった明るさで満ちた。猫の爪のように細い月は強い明るさを地上には届けない。不十分な明るさだ。だからこそ、ちょうどよかったともいえるのだが。
 見下ろした先に景吾と近衛兵を見つけ、速いなと思い、自分のところに早く戻るために急いだのだろうと思うと、漸く微笑が浮かんだ。凍ったような表情が動いたことを認識する。どおりで先程景吾が念を押したわけだ。
 解散を景吾に告げられたらしく、敬礼で応えた兵士たちの一人が不意に上を見上げ、見えた夏依に向かい慌てて敬礼をする。つられたように見上げた景吾が眉を寄せたのが何故か見て取れ、向こうに見えるかわからないが夏依は笑んで返礼する。益々畏まって姿勢を正し、礼を取った兵士たちがどこか逃げるように散じた。
「ここにいるさ」
 睨み付ける景吾に聞こえないと承知で言うと、肯いた景吾が身を返した。ここまで走ってくるらしいと思ってくつくつと笑う。
「お前も過保護だよ、景吾」


 軽く息を弾ませ、戻った景吾は初めに入ったのとは逆の、玉座に近い王やその側近が入るときに使う扉から謁見の間に入った。
「どうした」
 窓から見せた微笑の消えた、だからといってあの男に対したような冷酷さもない表情でいる夏依に近づきながら景吾は言う。
 謁見の間に置かれた豪奢な玉座の肘置きに寄り掛かり、冷めた眼でこれから自身が座ることとなるそれを夏依は見下ろした。窓の方を向いて座り、扉や景吾には背を向けて半身を捻るようにして見ている。それで景吾からは横顔が見えた。
「あまりにも容易に、この下らん椅子が転がってきたなと思ってな」
 嘲るような言葉に景吾は何を当たり前のことをと言い、逆の肘置きに軽く腰を下ろした。双方が背を向けて、背を預けるように。ゆったりとひと一人が余裕で座れるようになっている玉座では、互いの熱が伝わるなどということはない。
「そのためにこれだけの時間を掛け、俺たちに必要となる人材を集めたのだろう。この国とこの国に住む民にいらぬ負担がかからないように」
 背中合わせの言葉に、夏依の低い声の応えは肯定を意味していたが嘲りの気配は消えない。否、寧ろ憐れむような、それ。
「慥かにな。だが、乗るだろう精市さんは別に、このために橘を口説いた俺が言うことではないが。俺もお前も皆も向かってくる誰をも切ることはなく、一滴の血すら被らなかった。命乞いと権力にしがみつく声を叩き伏せることはあっても、だ。
 あの男はただ倦んでいた。座る椅子を倦んで厭って、行うでなく流されるに委ねた。自らを倦んで諦めてただ、初めから。それに喰いついた権力の亡者共があの男を更に倦ませた」
 悪循環だったと吐き捨てた。
 自分たちに味方する者で万全を制して、望んで得た最良といえる形であるというのに。それでも、これなのかと言わずにはおれない。
 これほどまでにも、呆気なく。
「無血開城は難しいと思っていた俺は、奴等を買い被り過ぎたか」

  うつくしい見目にあまやかな蜜で己の種を増やす為に虫を誘う花のように、玉座もそれに座る王も臣も国民がいなければ存在できぬくせに、その真理を忘れて飾り立てた地位と権で暴利を貪る。
  意義を失い蜜に酔う。
  玉座は賢者よりも愚者を誘う。

「この椅子に座るか、これの周りが、この国を好きなできると、どうすればそんな愚かな夢を見られるのか。これはこの国と国民を守るための管理の椅子だと言うのに」
 立ち上がり、振り返り、景吾は夏依を見下ろした。夏依はまだ窓の外を、この国ウェストファリアを見ている。
「面倒なモンを負うとわかっていて座ると決める酔狂なお前に言われたかねぇだろうが」
「その俺について支え、一緒に負おうっていうお前も酔狂だろう」
 夏依の茶々を一顧だにせず、
「特に必要もねぇ権に目が眩んだ奴等だから、馬鹿な夢を見たんだろうよ」
 降った声を見上げようとする夏依の眼を、後ろから抱き包むように覆って、景吾は言った。
「さぁ、いいから何処か適当な部屋で仮眠をとれ。夜はまだある。それで俺たちとの堅実な夢を見ろ」





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 まぁ、抗う、権力にしがみつく人もいるんですヨってことです。
 これ書いていてうちの跡部は甘いかもしれないと思った私は遅いかもしれない。