再生への序章






 女官長の言葉は正しかった。階段を上り、奥へ進むと彼らを静かに好意的に迎え入れるものと、人を呼ぼうとするもの、進言に走ろうとするものが出てきた。彼らを迎えてくれるのに女官たちのほうが多いのは、男たちが側仕えとしての権力にしがみつきたがるからだろう。
 叫んで人を呼ばないように、報せを持って行かせないように、体術だけで彼らは相対したがそれには限度がある。向こうのほうが人数が多く、彼らだけでは捌けない。だが、それを助けたのは彼らの味方についてくれた人々だ。羽交い絞めにする侍従や手にしていたトレイなどで頭を叩く女官。
 応援されている、ということを感じた。期待されているのだと。
 精市の先導に従って歩を進めていくとあるところを境に変わった、ということを知る。明らかなまでの区切りがあるのではない。だが、ここらか内宮・奥殿だとわかった。
 つい足を止めた夏依と彼につられて止まった後続を振り返って精市は頷いた。
「ここからが奥殿。私がない国王の私的な空間になる。王の居室まで案内するけれど、これから出会う相手は殆どが親王派だと思っていいだろう。この先は基本的には近衛兵軍の管轄ではないんだよ。特に現国王陛下は近衛兵を内側に入れることがお嫌いで、腕の立つ近従が警護につくから」
 職業軍人たる近衛兵ほどの腕前はないけれど、と言って行こうと促す精市の後をついていきながら景吾が問う。
「近衛兵は入れないってのによく知っているな、幸村」
 疑問に思っても口に出して問おうとはしなかったものが総じて精市に目を向ける。ただ単に、特に興味がない仁だけが変わらず周囲への警戒をしていた。
「ああ。それはね、居室によく召されていたからね。だから俺が案内なんだよ」
 答えになったか?跡部、と返した精市に対してぎょっとしたように口を開いたのは若だ。
「副司令官、あんた陛下の夜伽してたんですか」
 あまりに憚らない言い様に思っても訊かなかった者がぎょっとする。興味なく流していた仁さえも思わず発言者とその相手に目を向けていた。
「若。精市さん」
 知らずに足を止めていたまま、もう既に疲れきったような声を夏依は出していた。額を押さえて大きく息を吐く。その頃には景吾も萩之介も仁も平生のようになっている。
「思っても言ってくれるな、若。あなたも、わざわざ勘違いする言い回しを選ばないでください、精市さん」
「はい。わかりました。夏依さん」
「すまないね、夏依くん。緊張を与えてしまったかと思って」
 実行するかは別として、きちんと反省はする若と明らかなほどに狙って言った精市は謝るだけ謝っておく。当然のように反省はしていないし、折を見てまた何かを言われそうだと思い、夏依は思わず零した。
「萩より性質タチが悪い」
「そうだろうね。幸村さんのほうが世に慣れているから」
 あっさりと頷いた萩之介に精市が嘘つきだねと言う。
「性質が悪いのは滝くんのほうだよ、夏依くん。彼のほうがよく見えるのはきみに見せている顔を俺と違って選別しているに過ぎない」
「選別なら幸村さんもなさっているでしょうに」
 人にばかり押し付けて、とふたりはそろってにっこりと笑った。まったくもって同種の笑みを見せる萩之介と精市を横目に見やって、仁は周助が加われば尚のこと空恐ろしい空気を撒くのか、と嘆息した。だが、今はそんなことを考えている場合ではない。
「いい加減にしろ、てめぇら!さっさと案内しやがれ幸村」
 仁と同じことを思いついたらしい景吾が鋭く言った。微妙に口元が引きつっているのは、景吾相手には確実に周助が敵になるからだろう。大した同情は覚えないが、苦労するんだなと若は景吾を思った。
 景吾の叱責の後に夏依の声が聞こえ、確かに今は遊んでいる場合ではないな、と精市が進行方向に目を向けたときだった。
「し…侵入者…!!侵入者!!碧の間手前に侵入者ぞ!警衛隊来やれいぃ!陛下の御首を狙う不届き者ぞ!裏切り者の不忠義者ぞ!!!」
 目が合った瞬間に息を呑んだ年嵩の近従が大声で呼ばわった。大声で叫びながら身を翻して走り去るその姿は年齢のわりに速い。
「気をゆるめすぎたか」
 苦々しげに夏依は言った。言うだけなのは出会った近従の声に反応してすぐに人が集まったからだ。おかげで追って気を失わさせることもできなかった。小さくだがまだ声が聞こえている。急がねば国王に逃げられるかもしれなかった。
 鞘におさまったままだった剣を引き抜いた。
「先に行くぞ。跡を見てついて来い!」
 ランプの明かりが銀色に弾かれ、輝く。現れ出でた白刃に目の前に立ち塞がった侍従が真っ先にたじろいた。なんら迷いもなく抜かれた剣に怯んだのだ。
 無造作に抜き払い、握った剣は打ち据えるときだけ角度を変え、道を塞ぐ侍従というには屈強過ぎる男を一撃で昏倒させる。その容赦のなさに侍従たちはもう一度たじろいだ。何より、その男の行動に合わせるように残りの5人の男たちも剣を抜き払ったのだ。王の側に仕える侍従たちが日頃帯剣している筈もなく、今は呼び声に一番に駆けつけただけで当然のように剣を持ってきてなどいない。まったくの丸腰だ。
「こっちだ!」
 精市が一言叫んで邪魔な障害に峰打ちをし、そのまま走り出す。同じタイミングで走る夏依を守るためだけにいる仁がそれに続いた。彼らを止めなければならない侍従たちが彼らを追い、背後から攻撃をかけられないように残る羽目になった景吾・萩之介・若の3人が阻み、相対する。
「どうせなら夏依さんと一緒に行きたかったですよ」
 軍人らしい正確な動きで確実に昏倒させながら若はぼやいた。
「俺だってそうだよ」
 逃げた何人かが夏依たちの後を追うではなく違う方向に逃げたのをしっかりと見ていた萩之介が返す。武器を取りに行ったのか逃げたのか、違う道で王の居室に行くのかはわからない。そんなものに構うつもりはない。来たときに討てばいい。逃げ切れる道は用意されていないのだ。
「行くぞ」
 同意見ではあれど、口には出さず景吾は先を促す。こんなところで無駄な時間を使う気はさらさらない。
 夏依たちの姿は当然見えない。だが、残された言葉のとおり、置き土産のように倒れた人間が行き先を示している。先行者同様、抜き身の件を引っさげたまま倒れた男をまたいで駆け出し、続々と沸いて出てくる近従に、彼らは怒りで微かに引き攣った笑みを浮かべた。


 進めば進むだけ出てくる相手を倒し、角を曲がり、大きく開けたままのドアに眼を留めて精市が鋭く舌打ちを放った。おだやかで礼節を守る彼が人前でそんな態度を取ることはない。
「夏依くん!」
 精市が示すように名を呼ぶより先に夏依が立ち塞がる最後の侍従の横をするりと駆けぬいてしまう。精市は驚いたような男を問答無用の一撃で伸した。倒れる男を気にすることはなく、踏むか蹴るかの勢いで精市と仁も一足遅れで夏依の後を追う。
 夏依が負けるなどと思ってのことではない。守るべき相手を、守る役を負っていながら側にいられないなどということはあってはならないのだ。少なくとも、彼らはそれを許すつもりはない。
 王の居室手前にある控えの間に入った彼らの耳を、年嵩の男の悲鳴のような声が打った。


「し…侵入者…!!侵入者!!碧の間手前に侵入者ぞ!警衛隊来やれいぃ!陛下の御首を狙う不届き者ぞ!裏切り者の不忠義者ぞ!!!」
 現国王に仕えて長い近従の男が、口角から泡を飛ばして叫びながら自分は一直線に王の居室へと駆ける。今は生きものは何でもが眠る夜も更けた時間ではあるが、王宮では当然多くの人間が起きて働いている。警衛の人間の数は夜も変わることはない。
 男は何を措いても王の許に行きたかったが、王の命を狙う存在を叫んで知らせなければならない。できるだけ多くを侵入者に仕掛けさせなければならない。侵入者を、捕らえるなり殺すなりできれば上々、無理でも王が逃げるだけの時間を稼げればいいのだ。
「それにしても、…まさか…」
 男は荒い息で呟いた。年であるにも拘らず叫びながら駆けたのだ。当然だろう。
 顔色が悪い。青褪めている。よほど、衝撃的な何かがあったのだ。
「まさか。あの、幸村副司令官が…。なぜ…」
 譫言のように漏らしながら駆ける。もうすぐ、彼の王の、この国の王の部屋である。この国で最も尊い人間がいる部屋だ。この国の柱、この国の要たる存在を生かす、それが王宮に仕えて長い近従たる男の仕事だ。
 侵入者たちは今、どのあたりを走っているのだろうか。複雑な造りの王宮なら大丈夫だと思い、精市がいては道に迷うことはあるまいと思う。
「陛下!!」
 王の居室の控えの間の扉を男は思い切り開け、目を丸くしている用事を託る侍従と警衛の侍従を無視して、その扉を開け放った。
「陛下!!大事にございます!!」
 無礼を承知で近従のその男は王の居室のその寝室に飛び込んだ。ばたばたと慌しく騒がしいまでの音を立てていたというのに、王はまだ寝台の中で丸くなっていて出てこない。
 近従は、尊き王の寝室に押し入った状態でありながら、跪き礼を欠いたことの赦しを請うこともなく立ったままだ。喘ぐように息をついだ。
「陛下!陛下…!お休み遊ばしておられる場合ではございません!クーデターです!陛下の御首を狙う者たちが既に奥宮にまで入っているのです!!陛下!!」
 ここに入るまで、沸くような気配はなかった。負けているのだ。王の命は風前の灯にも近いのかもしれないのだ。焦燥が近従に募った。このような状態であって、何故、女官の一人も来ないのか。侵入者に向かわせた警衛の者たちは仕方がないとはいえ、他の侍従はどこにいるのか。王のために仕えるはずの者たちはどうしたのか。逃げたか。それとも――――。
「お逃げ遊ばしませ!!」
 近従の悲鳴のような声の連続に、漸く起き上がった王は、煩わしそうに近従を見やった。気怠げな、どうでもよさそうな所作だ。
「王宮の殆どは制圧されているのです!官も半数かどれほどかは奴等の手の者なのです!!」
 寝乱れた夜着を直そうともせず、王は言った。
「その者も、王の権が欲しいのか。私のように自堕落に享楽に生きたいと?」
「陛下。あなたのその姿で殺され逝く同国の者を、これ以上ふやしたくない故に起ったのみだ」
 鈍い音と呻くような声の後、涼やかな声が応えた。控えの間の灯りを背に浴びたその姿は影のようになっている。立っている影は3つ、床に倒れているものも3つ。
 王の寝室にいるのは王と駆け込んできた近従だ。侵入者、否、簒奪者のうちの一人、王の疑問を投げかけるような独語に応えたらしい人物が一歩、居室からこちらに近づくのを気怠げな眼差しで眺めた。
 近従が、ひっと息を呑んだ。
 一歩近づいた、簒奪者たちの中核を担っているように思われる男が歩み寄ったとき、抜き身の剣が灯された明かりを弾いて光った。夏依は血汚れのない抜き身の剣を引っさげている。
 夏依の言葉を聞いて、王はなるほど、と嘲った。
「私はそんなに殺しているか」
「ご存知でいらっしゃるだろう。あなたの側には絶えず諫言をする者がいたはずだ」
 足を布団から床に下ろし、寝台に座すようにして夏依へ視線を当てる王に向ける夏依の言葉は凍れるように冷たい。何故、その声を聞かなかったのかと、その言葉も眼差しも責めている。
「いるな。慥かに。卿の後ろにも、その者がいる」
 追いつき、室内に入ったばかりの他3人の方にちらりと視線を流し、やわい笑みを浮かべる王はそのまま続ける。
「卿の後ろにいずとも、その者はいる。
 だが、同時に私を唆し続ける者もいる。私から流れる甘い蜜欲しさに」
「わかっているのなら、何故。正されなかったか。再三再四、幾度にも幾十度にも、幾人もの心ある人があなたを訪ったことだろう。今日、このときまでにどれほどの時間があったとお思いか」
 王が身を正す時間は十分にあり、この王はそれができないほど愚かではなかった。
 ただ。
「さてな。私が王位を継いでからの時間であろう」
 ただ、この王は。王位を継いだそのときから倦んでいたのだ。その当時から諦念を抱いて賢明で国のためにある王を思えなかったのだ。愚かな父王を、それに付け入る奸臣とを見て、この王は厭ったのだ。国を思う忠実な王にはなれても賢明な王にはなれない己を。
「十八年」
 それはこの王だけの在位だ。
 人々の苦しみはその年月と、父王の在位の年月もある。それはとても、長い。
「それは長いか。そうだな、慥かに長かった。あまりにも無為に。長かった」
 王は静かに独語した。その眼は目の前にいる夏依を見ており、見ておらず。己の過去を見ており、見ておらず。
 夏依は明るい灯の下から暗いなかの王を見ている。先刻までの霜の降りたような冷たさもなく、夏依の眼は静かに王を独り見て、その王の居室を把握している。
 近従の男は恐怖に強張りながらも、ゆっくりと視線を動かす。入り口には叛逆者がいて、王の逃げる道はない。隠し通路から、と思い近従は恐怖と焦燥に煽られながら、何とか王だけはと思う。
 夏依は近従の男を部屋の装飾と同じように思いながらその目の動きと狙いを把握していた。夏依と同じように近従の狙いに気づいた精市は気づかれぬような静かな動きで回廊の方へと移動していく。隠し通路を使われたところでその先で押さえられるように、自分と、夏依の友人にしてこの近衛兵軍に所属している何があろうとも夏依を裏切らない者を配さなければならない。
 失敗は許されない。何より、精市自身が許さない。彼に、夏依に失敗を負わせるなど、己の信念と矜持が許し難いと。精市は強く強くそう思う。
 恐らく、否、間違いなく皆が皆そう思っている。
「無意味だ、幸村。そこに、お前の王の傍にいるといい。私は逃げようとは思っていない」
 王はそう言った。
「陛下!!」
 近従は悲鳴のような声で叫んだ。
「何を。何を仰いますか!?何故!?何故幸村副司令官が!?」
 王は煩わしそうに眉を顰める。
「精市?」
「先程話しましたゲームの褒美として」
 夏依の問いに淡々と精市は返す。夏依から離れた僅かなりとの距離を元に戻した。この王は自身のことに対し、言葉にしたものは違えない。
「何ということを!何ということを…!!」
 近従の声はそこにいる彼らにとって、喧しいだけのBGMに過ぎない。意味を持って存在しえぬ、それはただの音だ。雑音である。
「卿は私の首を欲するか」
「あなたが生死はこの国の人の望むが決める。ただ、どれほど望まれようとも十五に満たぬ子どもの命は保障しよう」
 夏依と王の交わす言葉は無味だ。双方とも感情の伺えない声である。景吾も萩之介も、仁も精市も若も、四方への警戒だけは怠らず、だが、夏依たちを注視している。
 これが、最後なのだ。
 これで、最後なのだ。
 王さえ捕らえれば、抵抗は須く終結することだろう。城内の制圧も滞りなく行えることだろう。
 彼らの大望の、そのすべてのはじまりへの最初の一歩が。
「剣を、取られるか」
 夏依が、そう問う。王に。剣を取って闘い、恐らくは確実だろう死へと抗うか、と。
「いや」
 王は、ただ一言で己の命を払った。他者はしがみつかせようとするそれを、払い捨てる。幼児おさなごが飽きた玩具を捨てるのと同様の呆気なさで。
 夏依はその言葉を受けて抜き払ったままの剣を鞘に戻した。すいと視線を背後に流し、王を捕らえるように指示する。若は鞘に剣を戻しながら夏依の横を抜けて王の寝室に踏み込む。近従は絶望の声で呻いている。顔を覆い呪詛の言葉を吐き出している。夏依に、愚かだと思う彼の王に。
 若が王の手を掴むと近従は甲高い声を上げ、その手を後ろに回し立ち上がらせば耳に障る疳高い声で頭に入れたくない侮蔑の言葉を吐いた。
 よほど不快だったのだろう。景吾は舌打ちをし、夏依の目の前を突っ切って近従に近づくと剣の柄の頭で怯えを見せる男の蟀谷を横殴りした。それに誰も何も言わない。きちんと目にしていた者がいるのかさえ、定かではない。近従の言葉が耳に残っているのか、仁や萩之介さえも不愉快げに顔を顰めている。凪いだままの表情なのは言葉を向けて吐かれた夏依と王のみだ。
「止めておいてなんだが、卿の腕前は」
 若に腕を惹かれる王の問いに答えたのは夏依ではなく、若だ。
「司令官といい勝負ですよ」
 萩之介が後ろ手に王の両手首を括る。
「そうか。では、どちらにしろ私は討ち取られていたな」
 王はそうして僅かに楽しげに笑ってみせた。倦んだ王に死への恐怖は見えない。罪人のごとく、否事実この国にとっては大罪を犯したる王は、ウェストファリア国の警衛を職責とする近衛兵である若がそのまま、王を捕らえている。
「夏依くん」
 一呼吸。
「それでは、王宮の武装解除を命じに参りましょう。我等が王よ」
 そう促すのは精市だ。
 今、このとき。制圧の完了を示し、王宮内の人々に恩顧をかけるのは、夏依でなければならない。まだ、この国の民に王として姿を見せておらずとも、それがこの国の主としての夏依の初の仕事であるべきなのだ。逐い落とし、捕らえた王を従えて、新王が号す。街の彼らと地方領主たちへの伝令はその後でもよいだろう。武装解除の監視は、彼ら近衛兵の仕事なのだから。
 先に仁が控えの間から出、続き景吾・夏依・萩之介が出ようとしたところで王が再び問い掛けた。
「今更ではあるが、王位は卿が就くのだな」
「俺個人からの意見を言わせてもらえば、俺である必要なはいと思っている。
 景吾、どうだ?」
「ほう。跡部公爵がなるか」
 向けてきた両名に景吾は忌々しそうに言った。
「誰がなるか。それはてめぇの仕事だろう、夏依」
「そうだよ。俺たちは、夏依。きみだから起つと選んだ」
 両サイドから言われ、夏依は肩を竦めた。だが、その顔はわかっていたことだと言っている。もとより、これからすべての責任は彼が負うものだ。他の誰をも責めさせはしない。
 そうと決めて、彼は起った。
「卿が王になり、この血は絶え、王朝が変わるか」
 回廊に出て、王は呟いた。殿の精市が控えの間の扉を閉める。
「この場の、それこそ俺が、絶対にならねぇが、王になったところで王朝は変わるだろう」
 振り返りもせず、景吾は言った。彼の祖母は慥かに先々王を弟に持つが、跡部公爵家に嫁いだ公爵の妻だ。彼女自身は王族の者だが、その子――つまり景吾の父は、あくまでも公爵家の子であって王族の子とは言えないのである。ということは当然のこと、景吾も王族ではない。その血は流れていても。
「先王陛下」
 奥から表へ。倒れたままの侍従を避け、怯えたように逃げるのを放っておき、表へ進む。奥と表の境で待っている近衛兵たちがいた。他に仁王、幾人かの女官・侍従、そして女官長と。姿の見えない東方率いる小隊は先に武装解除でも行っているのかもしれない。
 その人々を目にしながら、夏依は後ろに引き立て歩かされている王に話しかけた。前を向き、歩き続けている夏依に、何か、と問う。
「俺たちはこの国を変えたいと思い、行動に到った。それによって簒奪者と呼ばれることは厭わない。だが、簒奪を行う、それはこの国に生き、この国を愛する誰もが目を瞑り、目隠ししてきた権利だ。
 忘れないで欲しい」
 そうか。
 王はそう応えた。
「よくぞ御無事でいらした」
 橘は夏依に向けて深く安堵した声で言った。後ろにいる王を見て、目礼か目を伏せたのか、判断はつけられない。
「夏依!」
 夏依たちとは別に橘と動いていた亮が下から近衛兵を何人か連れてやってくる。その表情には安堵と喜びが浮かんでいる。
「精市さん、彼らを連れて倒れている侍従たちのほうを頼みます。橘と亮は…」
「俺は副司令官と一緒に行く。ホールで黒羽たちがある程度武装解除を始めているはずだ」
 夏依の言葉を遮り、亮は自分の意思と今の状況を伝える。それに夏依は頷いて了承した。
「行ってくれ」
「は!」
 敬礼を返し、奥へ行く彼らを見送ることはしない。今、ここにいる彼らとは友人ではなく、主従なのだ。
「行くぞ」
 夏依はそう言って歩み出した。仁は半歩遅れてぴたりとつき、他の面々も臣下としての礼節を保って従って行く。もう既に、ここは公的なものなのだ。今はまだ、なんら公的な立場があるわけではないにも拘らず、夏依と彼を取り巻くすべてが彼を唯一と認識しだしている。
 階下にホールを見下ろせる場所まで歩いて、カツンと一音わざと鳴らす。近衛兵と武装解除中のあつめられた者たちが一斉に夏依を見上げた。夏依の旗下にある近衛兵が一糸乱れぬ動きで敬礼する。
 すっと息を吸った。力のある声を放つ。
「新国王・朔宮夏依の名において、王宮の武装解除を命じる」
「はっ!」
 カッと踵を鳴らし、幾人かを残して散開する。階下のその様を見やってから夏依は振り返った。
「萩之介」
「はい。陛下」
「女官長と王子王女の保護に」
 礼をとって萩之介は女官長を案内に奥へ向かう。
「若。彼を塔に連れて行ってくれ。天根、一緒に。衛生面に問題はないな、橘?」
「命令どおり、整えまして」
 橘が答えている間に天根が上がってくる。
「あなたには決が下るまでそこにいていただく」
 天根が若と王を挟み、動こうとした。
「朔宮侯爵の息よ」
 その存在だけは聞いたことがあった。十五年程前に流行病で子息全員を亡くした侯爵が、妾の子を跡継ぎに引き取ったのだとか取り巻きの誰かが言っていたように思う。そもそも妾といっても、婚約者が既に決まっていたために妻にならなかった恋人だとも。その子どもかと思った。
 先程、己を逐い落とす者がどんな立場にいる相手かを漸く知った王はそう呼びかけた。夏依は不快そうに眉を動かしかけ、留める。
「善政をしくようお祈り申し上げる」
「有難く存ずる」
 受けた夏依が、ただと言い足した。
「俺は既に朔宮の息としては生きていないと申し上げる」
 倦んだ王はひたりと夏依の目に眼差しを当てた。
 澄んだ、強い意志と力を秘めた眼の夏依に、最後の言葉を贈ろうと口を開いた。
「新国王よ」
 話しかけながらも罪人が収容される塔へ行くために王自らが体の向きを変えると、両脇にいて腕を掴んでいる若たちを囲う近衛兵たちが王が逃げ出さないように連れて行こうと天根が上がってきたばかりの階段へと足を向ける。
 逃がさないために、途中で害されることがないように。
 塔の中に入れば、南の信頼厚い部下と樹が王の身を守る。夏依の名の元に捕らえられた王が塔の中で謀殺されるようなことがあってはならないのだ。
「幸いあれ」
 残して王は行った。





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 うはぁ。メリハリのない文でだらだらとしていてすみません。うまく書けないということだけはひしひしと伝わる文かと思います。
 とにかく、7話目は王と主人公の話です。ついでに王が出てくるのはこの話だけです。
 夏依は登城したことがないので王もその周辺の者も彼の顔を知らなかったのです。
 こんな下手な文でごめんなさい。