再生への序章






 すべての物語は、この瞬間に始まった。


 郊外にある邸の一室で同じ年頃の3人の子どもが円を描くように床に座って手を握っていた。湖の底のように雰囲気が澄んで沈殿している。
「本気か?」
「ああ」
「でも、大変だよ」
「ああ。わかっている」
 陽は暮れ、朱い光が西側の窓から差し込んでいる。届く光はレースのカーテンに邪魔されるのか、部屋はひどく暗いようだった。大人もいるだろうに、この部屋のみならず家の中すらも静寂に満ちている。
「知っている。けれど、許せるものか」
 子どもの一人はそう言って強く、眼を閉ざした。感じるのは座り込んだ絨毯と左右の手に別々の温度。
「約束しよう。いつかの日の」
 ゆっくりと眼を開けていく。露になった青灰色の眼差しには強い意志が煌めいている。他の二人の子どもにも同じものが慥かにあった。
「僕たちは、子どもだ。だから、今は別たれようとも、必ず会おう」
 薄茶色の髪をした子どもは常に笑っているような眼をうっすらと開け、誓約の始まりを告げる。
「会ったなら、果たそう。俺たちの本気と願いと」
 銀色の髪の子どもは本当に微かな笑みを口端に上らせた。
「俺たちの望みは同じだ。必ず。このくだらない社会を変えよう。俺たちの手で」
 黒紫の髪の子どもが醒めた熱を青灰の眼に宿し、誓約の終わりを述べた。
「いつかの日に」
 子どもたちは小さく笑ってお互いから視線をはずし、部屋を見渡す。全員が全員とも見慣れた部屋ではあるが、先刻のこともあって少し見合っていられない。
 ふと、一人がレースの隙間から覗く紅い空に視線を固定した。気づいた二人の視線もまた、そこに留まる。今日の終わりを連れて来る色が目に痛い。
 静寂に満ちていた家に動く気配を3人の子どもは感知した。人の気配を感じなかったのは、若しかすると大人たちが外に居たからなのかもしれない。
 近づいてくる気配に合わせて子どもたちは立ち上がった。言葉もなく、その顔を慥かめるように、見詰めて抱きしめ合った。そのすべてを忘れず、記憶に留め置くように。
「夏依」
 微かに音を立て、ドアが内側に開く。廊下にはきれいな女の人が少しばかり淋しげな顔をして立っていた。子どもは手をゆっくりと離し、小さく頷いた。
「はい。母上」
 はっきりと応え、子どもは母親の許に立った。この人とも共に居られるのは後数日を残すのみだ。会うことは叶うだろうが、父親に引き取られる子どもに大した自由はないのだろう。これから子どもは上流社会の規律を学んでいくのだから。
 女性は子どもの友人たちに軽く頭を下げ、子どもの背に手を添え、歩くように促す。母子の後ろを子どもたちはついていく。許されるのは玄関までだ。
 玄関には既に女性が2人待っていた。道には馬車が止まっており、母子が乗るのを待っている。母親たちが何かを話している間、子どもたちは黙って手を取り合っていた。
 親たちの話し声が止まり、子どもは別れを知る。手を離した。ただ黙って乗り込んだ馬車の中から、子どもは静かに口を動かす。御者は乗客が落ち着いたのを確認すると手綱を軽く引いた。
「夏依。ごめんなさいね。引き離すことになってしまって」
 後ろをどんなに目を凝らして見ても見えなくなってから、8歳になったばかりの我が子の手を握って女性は小さく謝罪した。
「母上」
 それに子どもはいっそ朗らかな微笑を見せて、母親の手を握り返す。
「僕は父上を尊敬し、父上と母上の子であることを誇りに思っております。母上と離れることは淋しく思いますが、父上の下に行くことを嘆く心はありません。
 彼らとだとて、今生の別れではありません。父上の下での生活に慣れたときに会いに行けばいいだけのことです」
 勿論、母上にも、ですよ。そして母上も。
 子どもはそう言って安心させるように笑い、母親が小さく笑い返すのを見て、目を閉じた。
 瞼の裏には馬車の窓から見た2人の子どもがそれぞれの顔で笑うのが見えている。


 残された2人の子どもは馬車が見えなくなっても尚、その場に立っていた。影さえも見えない友を見送る。
「しっかりしろよ」
 銀の子どもは色素の薄い銀灰の目で自分より僅かに背の低い友を見やる。
 そこに先ほどまで見せていた笑顔はない。泣くのを我慢している歪んだ表情だ。
「しっかりはしているよ。でも、」
 一文字に引き締めて、俯く。
 噛み殺そうにも殺せなかった嗚咽が漏れ、銀の子どもは逆に首を反らせ朱い空を見上げる。空を朱く染めた夕陽は家並みや街路、家路に急ぐ人々に隔てることなくあたたかな茜色を注ぐ。子どもたちもその恩恵を受けながら、心の奥底の何処かに冷たい寒々しいものが生まれていることを自覚しないわけにはいかなかった。
 彼らの母親は子どもたちの心裡を察してか、姿を見せることもなければ声をかけてくることもない。だが、それが逆にある種の覚悟を迫っているようにも思えた。
 いつも彼らの後をついて回った薄茶色の髪の子どもの弟は、今は泣き疲れて眠っているのか。
「泣いてなんかいられねぇだろ。俺らよりもあいつのほうがきついんだからよ」
 そう言って、けれど泣くのを許すようにくしゃりと髪を撫でる。
「ずるいよね、仁って」
 零れる涙を拭い、涙を押さえ込んで顔を上げた。ちらりと横に立つ銀の子どもを見ると、彼はまっすぐに前を、行ってしまった親友の道の先を見ている。
 彼は日頃から決して多弁ではない。そして口が悪い。それでも言うことは、本質からは外れないのだ。
「でも正しい」
 別たれた彼は、これからはひとりだ。彼が傍に望んだ相手が見つかるまで、彼がそれを認め受け入れるまで、いくら自分たちが親友であっても、離れ離れであることには違いはない。
 助けられる傍にはいない。
 本当は、傍にいられるのであれば望まなかった、望みたくはないけれど、それでも。彼がもう一握りの親友と多くの友人を得られるように。
 今は此処でそれを思う。
「僕たちも、力をつけよう」
 力強く、意志を込めて言った。
「夏依は、きっと、とても大きくなって僕たちに会いに来るよ。
 夏依が出会う友人たちに負けないように。僕たちの力をつけよう」
 肯定する言葉が短く返った。





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        始まりました。国取り物語。なテニパラ。
 土岐氏とキャストだけは決めての自由出発ではありますが、話していたところ(完結希望)まで書けるといいんですけど。